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熊本地方裁判所 昭和53年(ワ)356号 判決

原告 椎葉高廣

被告 国

代理人 田中清 南新茂 横内英夫 大村弘一 樅木孝雄 ほか五名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一万一八一三円及びこれに対する昭和五一年七月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第1項につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は昭和五一年六月当時熊本営林局多良木営林署牧良製品事業所第一班(以下「牧良一班」という。)所属の常用作業員であつた。

2  当事における原告の生産手としての格付賃金(通常の八時間労働に対する賃金)は、日額五五一二円であり、これが昭和五一年八月仲裁裁定の実施により昭和五一年四月一日にそ及して七八八円引き上げられ、六三〇〇円となつた。

3  原告は、昭和五一年六月一五日、一八日、二三日も生産手としてそれぞれ全一日就労したにもかかわらず、被告は原告が一五日午前八時二九分から正午一二時まで、一八日午前八時二八分から午後五時まで及び二三日午前八時四〇分から正午一二時までその業務に従事しなかつたとして、合計一五時間分に相当する賃金一万一八一三円の支払をしない。

4  昭和五一年六月分の賃金の支払期日は同年七月一二日である。

5  よつて原告は被告に対し、右未払賃金一万一八一三円及びこれに対する支払期日の翌日である昭和五一年七月一三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2は認める。

2  請求原因3のうち、原因が昭和五一年六月一五日、一八日、二三日生産手としてそれぞれ全一日就労したことは否認し、その余は認める。

三  被告の主張

被告は、原告が請求原因3記載の時間帯において後記業務命令に反し債務の本旨に従つた労務の提供をしなかつたので、その時間に相当する作業主任者としての賃金を支払わなかつたものである。

1  原告は、昭和五一年四月一六日付で、多良木営林署長から、林業架線作業主任者(以下単に「作業主任者」という。)の職務とともに生産手の職務を同時に行ういわゆる併任の作業主任者に任命され、昭和五一年六月当時もこの地位にあつたものである。併任の作業主任者は、機械集材作業において、組立解体以外の作業については、作業主任者の職務を行いながら同時に生産手の職務をも行うことになつている。なお機械集材作業以外の場合は生産手としての職務のみを行うのである。

2  牧良一班では、昭和五一年六月一五日、一八日、二三日の三日間、機械集材作業が予定され、かつ原告を作業主任者として右作業に従事させる必要があつたので、多良木営林署長崎山昇は、昭和五一年六月一五日、一八日及び二三日に、原告に対して、作業主任者の業務に従事するように業務命令を発し、右命令は事業課長梅木登茂二から原告に伝達されたが、原告はこれに従わず作業主任者としての業務に従事しなかつた。

原告が作業主任者としての業務に従事しなかつたのは、六月一五日午前八時二九分から正午まで、一八日午前八時二八分から午後五時まで、二三日午前八時四〇分から正午までである。なお六月一五日午前八時から同二九分までは作業準備などの時間、午後一時から午後五時までは公務災害(振動障害)の治療を受けていた時間、一八日午前八時から同二八分までは作業準備などの時間、二三日午前八時から同四〇分までは作業準備などの時間、午後一時から午後五時までは機械整理作業などに従事した時間である(これらの時間帯については、勤務時間が三〇分未満のため後記賃金協約一三条二項の規定により切り捨てられ結果的に賃金が支払われない分を除き、賃金を支払つた)。

3  仮に原告が指示された作業以外の作業に従事したとしても、原告の賃金請求権は原告が使用者である被告の指揮に従つて労働した場合にはじめて発生するものであるから、指示外作業に従事したということでは自己の債務を履行したことにはならず、結局賃金請求権は発生しない。前記三日間は前述のように機械集材作業が予定され、機械集材作業を行うには作業主任者である原告の指揮命令が不可欠であつたところ、原告は前記業務命令に反し併任の作業主任者としての業務に従事せず、その結果機械集材作業が行われなかつたのであるから、原告が当該時間帯において債務の本旨に従つた労務の提供をしなかつたことになるのは明らかである。

4  従つて被告は、原告の前記不就労の時間に対する賃金を支払う義務を有しないことになるが、仮に原告が前記業務命令に服し作業主任者の職務に従事した場合のそれに相当する賃金は一万二九九四円である。

(一) 国有林野事業に従事する職員は賃金取扱において月給制職員と日給制職員とに区分されており、原告は本件当時日給制職員に属していた。

(二) 本件当時における原告の生産手としての格付賃金(通常の八時間労働に対する各人の賃金)は、「国有林野事業の作業員の賃金に関する労働協約」(以下「賃金協約」という。)六条二項により、林野庁と全林野労働組合中央本部(以下「中央本部」という。)との中央交渉によつて定められた基準額表を基として、五五一二円と決定されていた(これは昭和五一年八月仲裁裁定の実施により昭和五一年四月一日にそ及して日額にして七八八円引上げられ、六三〇〇円となつた。これに伴ない同年四月から七月分までの賃金の追給が行なわれた)。

(三) ところで昭和四九年一月三一日林野庁と中央本部との間に「安全指導員の設定等に関する覚書」が締結され、専任の作業主任者の職種として「安全指導員」が新設され、同時に作業主任者の賃金の取扱いが定められていたが、本件当時熊本営林局においては、この中央段階の覚書に全面移行しておらず、営林局段階の労使協議によりこの覚書の三項の賃金取扱の部分のみが適用されていた。この覚書の三項一号では、併任の作業主任者の職務に従事したときは、その従事した日又は時間に対し、次による賃金を支給することと定められている。

「定額日給で賃金の支給を受ける者については、当該職種の格付賃金にその格付賃金の一〇%を加算する。」

しかして、原告が併任の作業主任者の職務に従事した場合の一日の賃金(格付賃金とみなされる)は、生産手の格付賃金に一〇%(五五一円)を加算した六〇六三円である(仲裁裁定の実施により、六九三〇円となった)。

(四) 定額日給制の賃金は、賃金協約一三条により一日を単位として格付賃金相当額を支給することになつている。ただし労働時間が所定の勤務時間(八時間)にみたない場合の賃金は、一日の所定勤務時間八時間に対する格付賃金の一時間当りの額に実働勤務時間を乗じて得た額を支給することと定められている(時間に端数を生じた時は、三〇分未満は切り捨て三〇分以上は一時間に切り上げる)。

(五) 賃金締切は賃金協約四条により毎月一回と定められており、当該月の初日から月末までの勤務に対し、賃金協約一三条により計算した賃金が翌月支払われる。

(六) そこで仮に原告が前記業務命令に服し、当該三日間の一五時間(八時間を一日として換算すると一・八七五日)について、併任の作業主任者として機械集材作業に従事したものとして、それに相応する賃金を計算すると、一万二九九四円となる。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  冒頭の事実は争う。

2  被告の主張1のうち、原告が昭和五一年四月一六日付で多良木営林署長から併任の作業主任者に選任されたことは認め、昭和五一年六月当時も作業主任者の地位にあつたことは否認する。併任の作業主任者は作業主任者の職務と生産手の職務を同時に行うとの点及び併任の作業主任者は機械集材作業において組立、解体の作業以外については作業主任者の職務を行いながら同時に生産手の職務を行うことになつているとの点は争う。

(原告の作業主任者辞任について)

原告は、昭和五一年六月二日、営林署当局が臨時日雇でない者を集材機の運転手に補充するか又はそれにかわる安全上の措置を講ずるなど臨時運転手問題について善処することを解除条件として、作業主任者を辞任し、本件当日までにその解除条件が成就しなかつたから、作業主任者の地位にはなかつたのである。

すなわち、

(一) 牧良製品事業所では、昭和五〇年一一月に集材機運転手が退職したが、当局側は従来の交渉経緯を無視して臨時運転手を補充しようとしたので、原告は、それでなくても危険な集材機の作業について臨時の運転手が操作するという状態では安全な作業を行うことができず、現場作業員の命を預る作業主任者の職務を遂行する条件がないと考え、当局に対し善処方を要望したところ、当局がこれを無視したため、原告はやむなく作業主任者の辞令を返上したものである。

なお原告が作業主任者を辞任するのやむなきに至つた事情としては、以下の事情も考慮されるべきである。

(1) 当局は、作業員に対し作業に従事させるにつき作業員の生命、身体、健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負つているところ、集材機の運転手問題について、当局は、組合及び原告との間に意思疎通を欠いたまま、原告の意向を無視して自らの方針を強行したのであつて、これにより安全配慮義務に違反した状態を作出したというべきである。

(2) 現場は一歩誤れば死に直結する危険な職場であり、多良木営林署は労働災害について重点指定を受けるほどに事故が多発していた。

(3) 労働安全衛生法は職場の安全と衛生について規定し、その最低基準を定めたものといえるが、多良木営林署ではこの最低基準すら守られていなかつた。営林署当局は集材機の設置、変更の届出を怠つていた。

(4) 振動病災害の発生や人吉営林署のマイクロバスが胸川に押し流された死亡災害は、当局が適切な業務命令ないし指示をしていればありえなかつた。

以上のとおりであるから、原告が作業主任者を辞任したのには正当な理由があつた。

(二) ところで熊本営林局と全林野労働組合九州地方本部(以下「九州地本」という。)との間に締結された「作業主任者の選任に関する暫定措置についての覚書」(四八熊協二号)には、「林業架線作業主任者の選任については、主任、係員など有資格者を選任するが、この過程の中で実施困難な場合はその他の有資格者を併任で選任する。」(一項)、「選任にあたつては、本人の意向については誠意をもつて対処するものとし、組合と意思疎通をはかることとする。」(三項)と定められているが、右覚書は、労働協約として、作業主任者の選任について、法的拘束力を有するものである。三項の趣旨は、労働安全上重大な任務と責任を負わされる作業主任者の選任にあたつては、本人の意向が重視されなければならず、組合との意思疎通が必要であるということにあり、これは単に選任時においてのみならず、選任後においても適用される性質のものである。したがつて右覚書の趣旨や労使慣行に沿つて選任手続が行われてきた実態からすると、作業主任者の選任行為は、文字どおりの職務命令というよりは、むしろ一種の労働契約締結行為と評価できるとともに、本件のように、当局が本人の意向について誠意をもつて対処をせず、組合との意思疎通を欠いた状況で、協約に規定された前提条件がなくなつた場合には、もはや選任の前提は崩されたもの、換言すれば選任の効力が持続するうえでの事情変更があつたものと解される。このようにみてくると、作業主任者の選任が適法であるからといつて、そのことから直ちに、営林署長がこの職務命令を解除もしくは取り消さない限り有効に継続しているものであるということにはならず、本件のように選任の効力が持続するうえでの事情変更があつたと認められるような場合には、辞任の意思表示は、作業主任者の地位に関する労働契約の解除の性質を有するものとして、直ちに効力を生ずると解される。したがつて原告の前記辞任の意思表示は、原告の側からする作業主任者の地位に関する労働契約の解除とみるべきであり、社会的正当行為である。原告は本件当時作業主任者の地位になかつたということになる。

(併任の作業主任者の職務について)

作業主任者の業務を行いながら同時に行う生産手の業務は、盤台における玉切の検尺、土場の整理のみである。

3  被告の主張2のうち、多良木営林署長が昭和五一年六月一五日、一八日及び二三日に原告に対して作業主任者の業務に従事することを命ずる旨の業務命令を発し、原告に伝達されたこと、原告が被告主張の時間帯に作業主任者としての業務に従事しなかつたこと、六月一五日、一八日、二三日の右時間帯を除く部分について賃金が支払われたことは認める。

しかし右業務命令は次の理由により違法、無効である。

(一) 既に述べたとおり、原告は本件当時作業主任者の地位になかつたのであるから、右業務命令は実質的には原告を新たに作業主任者として選任する行為であると解すべきところ、作業主任者の選任については前記「作業主任者の選任に関する暫定措置についての覚書」により、本人の意向を尊重し、組合との意思疎通が必要であつて、一方的に強制することは許されないのに、これを全く無視したものであり、協約違反である。

(二) 当局としては、本件各当日まで、他の有資格者等の適当な者を作業主任者に選任できたのにかかわらず、あえて選任せず、放置したのであるから、本件業務命令はもはや権限濫用である。

(三) 当日既に、梅木事業課長が、現場作業員に、作業の方法及び作業の配置を決定し、伝達ずみであつた。ことに六月一八日には、同課長は「自分が作業主任者をします」と明言した。労働安全衛生規則五一四条に規定する作業主任者の重要な職務を同課長自らが実行し、もはや重ねて作業主任者の選任をする必要はなかつた(因に、同課長は、協約にいう「有資格者」であり、当然に作業主任者の職務を実行しうる立場にあつた)。

(四) 本件の場合、既に解除条件付辞任の意思表示をした原告に対し一方的に作業主任者の業務命令を強制することは、もはや正常適法な職務命令の範囲を逸脱したものといわなければならない。

(五) 本件のように危険かつチームワークがことに必要な職場で本件業務命令を強要することは、労働安全の最低基準を遵守し現場労働者の安全を配慮しなければならない当局の安全配慮義務違反である。

4  被告の主張3は争う。

原告は当該時間帯において、生産手としての職務に従事したのであるから、業務命令の有効、無効にかかわらず、生産手としての賃金が支払われるべきである(原告は六月一五日午前八時二九分から正午まで他の作業員とともに盤台で待機するなどしていた。六月一八日は午前八時二八分から午後五時まで他の作業員とともに盤台上で枝打ち等の作業に従事し、土場の掃除などをしていた。六月二三日は午前八時四〇分から正午まで他の作業員とともに積込み作業に従事した。)。

(一) 作業主任者の職務と生産手の職務は明確に区分されており、作業主任者の職務に従事しないことと、生産手の職務に従事しないこととは関係のないことである。したがつて原告が業務命令に服さず作業主任者の職務に従事しなかつたからといつて、生産手の職務にも従事しなかつたことになるわけではない。

(二) 賃金の支払われていない当該時間帯における原告の就労状態と、その前後の賃金が支払われた時間帯における原告の就労状態とで、実質的差異はない。賃金支払の有無を区別したことに合理性が認められない。

(三) 原告との労働契約が解消されたり、労務の提供を停止する措置が講じられたりしたのならばともかく、そのようなことがない以上、当局が生産手としての原告の作業を排斥し、否認することはできない。原告の就労を妨害、排除するには、それなりの根拠と手続が必要であり、また原告の本件就労を当局が否認することは、それこそ恣意によるもので権限濫用である。

(四) 右の三日間、原告は他の作業員と同様の作業に従事した。原告が指示外作業に従事したというなら、他の作業員も指示外作業に従事したことになる。他の作業員には賃金が支払われているのに、一人原告のみが賃金を支払われない合理性はない。実質的平等の原則に反する。

5  被告の主張4のうち(二)、(四)、(五)は認める。(三)については「原告が併任の作業主任者の職務に従事した場合の一日の賃金(格付賃金とみなされる)は、生産手の格付賃金に一〇%を加算した六〇六三円である」との点につき、その趣旨を争い、その余は認める。

生産手の格付賃金と一〇%の加算額とはその性質を異にするものであり、右加算額は手当たる性質をもつものである。

現場作業員である生産手であることと作業主任者であることとは全く別のことであり、それぞれの労働に対する対価も性質を異にしている。生産手の労働の対価は文字どおりの賃金であるが、作業主任者のそれは手当である。当該手当の算定方法が生産手の格付賃金を基礎にされるものであるからといつて作業主任者の労働の対価が賃金であるということにはならない。生産手としての賃金と作業主任者としての手当は明確に区分されており両者が混淆してしまうものではない。

五  被告の再反論

1  (原告の辞令書返上について)

昭和五一年六月二日、多良木分会委員長が、原告にかかる作業主任者の辞令書を多良木営林署長室の机の上に置き去つた事実はある。

しかし、営林署長がその職務権限に基づき、かつ「作業主任者の選任に関する暫定措置についての覚書」及び「安全指導員の設定等に関する覚書」三項に従い、作業主任者の有資格者である原告を昭和五一年四月一六日付で併任の作業主任者に選任した行為は、国家公務員法九八条にいうところの適法な職務命令である。したがつて営林署長が適法に発した職務命令としての併任の作業主任者の選任は、営林署長がこの職務命令を解除もしくは取り消さない限り有効に継続しているものである。

そして、営林署長は、右選任以降昭和五二年三月三一日まで(翌四月一日更新し実質的には原告が退職するまで)原告に対し作業主任者を免ずる旨の意思表示はなしていないのである。したがつて、営林署長が原告に対し作業主任者を命じた職務命令は昭和五一年六月一五日、一八日、二三日当時も有効で継続していたものである。一旦作業主任者を命ぜられたものが選任権者の承諾なしに自らの恣意によつて辞任できることはありえないし、まして解除条件付の辞任等は選任権そのものを侵すものであつて、到底容認することはできない。

なお本件における集材機運転手の補充問題については、署当局としては他署からの配置換や交替運転手の養成に努力したが実現せず、製品生産事業を遂行していくため当面の措置として臨時の集材機運転手を雇用せざるをえなかつたのである。臨時の集材機運転手たる永田屯の雇用に当たつては、署当局として、その資格、経験、技倆等について十分検討し、雇用当初における安全教育を行うなど安全については十分配慮していたものである。したがつて当局が安全配慮義務に違反した状態を作出したなどということはありえない。原告の辞令返上は、要は運転手の新規採用という組合要求を有利に進めるための手段として、多良木分会の指導に基づきなされたものといわざるをえない。

2  (業務命令について)

本件業務命令が違法、無効であるとの主張は争う。

(一) 本件業務命令は「作業主任者の選任に関する暫定措置についての覚書」に違反するものではない。右覚書は作業主任者を選任するときに関する協約であり、一旦選任された者に対し、その業務に従事するように命ずることは、仮に本人の意向に反しても何ら協約違反となるものではない。

(二) 被告が、他の有資格者等の適当な者を作業主任者に選任できたのにかかわらず、あえて選任せず、放置したということはない。原告が牧良一班の作業主任者に選任されており、同班の作業主任者として専従しているのは原告のみであつたのであるから、第一次的には原告が作業主任者の職務をなすべき立場にあつた。また他の有資格者である事業課長や事業所主任が、一作業班の機械集材作業の全ての日の作業主任者業務を、常態として行うことには重大な支障がある。

(三) 梅木事業課長が「作業主任者をします」と言つた事実はない。

同事業課長が労働安全衛生法上の作業主任者となりうる資格を有していたことは認めるが、同事業課長は作業主任者に選任されていないし、現に同事業課長が行つた合図者の指名等は作業主任者の職務のごく一部であり、これをしたからといつて作業主任者の職務に従事したことにはならない。

3  (原告に賃金を支払わなかつたことについて)

原告は、「原告が指示外作業に従事したというなら、他の作業員も指示外作業に従事したことになる」と主張しているが、機械集材作業においては、作業主任者がその作業を直接指揮命令することになつており、原告に対しては、作業主任者の職務をするように指示しているところであるのに、原告が作業主任者の職務に従事しなかつたので、他の作業員は機械集材作業に従事する意思があつて、業務命令に従い各人作業配置についたものの作業主任者である原告の指示がなく、そのまま待機に終わつたものである。

4  (作業主任者の賃金について)

作業主任者の賃金もまさに格付賃金であり、生産手の格付賃金と一〇%の加算額との合算額が併任の作業主任者の格付賃金である。このことは「安全指導員の設定等に関する覚書」三項一号、林野庁長官通達「安全指導員の設定等に関する覚書の締結について」の記の一で明確にされている。一〇%の加算額が原告のいうように「手当」たる性質のものであれば、当然併任の作業主任者の職務を従事した日又は時間のみに一〇%加算した額が支払われるはずであるが、休務した日にも支払われることがある(右覚書三項三号イ)ということは、そのような性質のものでないことの根拠である。

第三証拠 <略>

理由

一  原告が昭和五一年六月当時熊本営林局多良木営林署牧良製品事業所第一班所属の常用作業員であつたこと、昭和五一年四月一六日付で、多良木営林署長から、併任の林業架線作業主任者に任命されていたことは当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、林業架線作業主任者は、林業における機械集材作業(機械集材装置若しくは運材索道による集材若しくは運材)において、設備を安全なものに組み立て、かつ、作業中の安全を確保するために、作業を総括して指揮監督するもので、その具体的職務は、作業方法等の決定と作業の指揮、設備の点検と整備、保護具の使用状況の監視等であること、熊本営林局と九州地本とは、労働安全衛生法の施行にともない機械集材作業における作業主任者の選任配置が必要となつた際、四八熊協二号「作業主任者の選任に関する暫定措置についての覚書」(以下「暫定覚書」という。)を締結して、「林業架線作業主任者の選任については、主任、係員など有資格者を選任するが、この過程の中で実施困難な場合はその他の有資格者を併任で選任する」(一項)と定めていたが、原告が併任の作業主任者に任命されたのも、この暫定覚書の趣旨に則つたものであつたこと、なお、同覚書三項には「選任にあたつては、本人の意向については誠意をもつて対処するものとし、組合と意思疎通をはかることとする」と規定されていること、「四八熊協第二号『作業主任者の選任に関する暫定措置についての覚書』についての労使意思疎通点(四八・五・一九)」には、「併任の作業主任者には伐倒作業との兼任はさせない。なるべく土場作業に従事することにし、荷掛作業は出来るだけさけるが、現地の実態上、問題のないところは、荷掛作業にも従事させる。」(三項)、「組立、解体の作業は専任とする」(四項)と定められ、併任の作業主任者は、作業主任者の業務に従事するかたわら、ある程度生産手の職務をも行うこととされたこと、原告は元来生産手の職種であり、併任の作業主任者の地位にある限り、機械集材作業においては併任の作業主任者の職務に従事し、その他の作業においては生産手としての職務のみに従事するものであつたことが認められる。

二  そして多良木営林署長崎山昇は、昭和五一年六月一五日、一八日及び二三日に、原告に対して作業主任者の職務に従事するように業務命令に発し、これが原告に伝達されたが、原告は、六月一五日午前八時二九分から正午まで、六月一八日午前八時二八分から午後五時まで、六月二三日午前八時四〇分から正午までの間、右業務命令に反して作業主任者の職務に従事しなかつたこと、被告は、右時間帯について、原告がその職務に従事しなかつたことを理由として、賃金を支払わず、六月一五日午前八時から同二九分まで、午後一時から午後五時まで、六月一八日午前八時から同二八分まで、六月二三日午前八時から同四〇分までの時間についてのみ賃金を支払つたこと(なお、原告のような定額日給制の職員の賃金は、三六林協第三五号「国有林野事業の作業員の賃金に関する労働協約」(以下「賃金協約」という。)一三条により一日を単位として格付賃金相当額が支給されることになつており、実働時間が所定の勤務時間に満たない場合の賃金は、その実働勤務時間に対し、一日の所定勤務時間八時間に対する格付賃金の一時間当りの額を乗じて得た額を支給すると定められるとともに、時間に端数を生じたときは、三〇分未満はこれを切り捨て、三〇分以上はこれを一時間に切り上げるものとされている。)は、当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、原告は、牧良一班の他の作業員と同様に、六月一五日午前八時二九分から正午までの間は土場の掃除、整理等を、六月一八日午前八時二八分から午後五時までの間は盤台上で玉切り、枝打ち等を、六月二三日午前八時四〇分から正午までの間は材木の積み込み作業等を行なつていたことが認められる。

三  そこで原告が本件業務命令に反し、併任の作業主任者としての職務に従事せず、土場の掃除、整理、盤台上での玉切り、枝打ち、積み込み作業等を行つたことが、勤務関係上賃金支払の前提となる職務の遂行としての労務の提供をしたといえるかどうか換言すれば自己の職務を尽くした場合にあたるかどうかについて検討する。

1  まず原告は、昭和五一年六月二日、営林局当局が臨時日雇でない者を集材機の運転手に補充するか又はそれにかわる安全上の措置を講ずるなど臨時運転手問題について善処することを解除条件として、作業主任者を辞任し、本件当日までには、その解除条件が成就しなかつたから、作業主任者の地位にはなかつたと主張するので、これについて判断する。

<証拠略>によれば、原告が作業主任者の辞令書を返上するという行動にたち至つた経過について、以下の事実を認めることができる。

(一)  牧良一班では、昭和五〇年一一月集材機運転手浜万義が退職して、その後任の補充問題を生じた。すなわち、集材機運転手は昭和四一年以降定員内職種となつていたが(浜万義に関しては高令等の事情のためとくに定員外とされていた)、昭和三六年二月二八日になされた「定員外職員の常勤化の防止について」の閣議決定によれば、歳出予算の「常勤職員給与」の目から俸給が支給される職員(常勤労務者)を新規に任命しないものとされ、また右閣議決定及び昭和四五年九月二八日付林野庁長官通達「機械運転および修理に従事する常用作業員の雇用について」によつて、定員外職員から新たに定員内職員への繰り入れ対象となる機械運転業務従事者が発生することを禁止する趣旨の取り扱いが定められていたことから、多良木営林署当局(以下「署当局」という。)としては、集材機運転手について新規採用による補充を行うことができず、また常用作業員等を集材機の運転に従事させることができる期間も、右閣議決定等の趣旨に従い六ヶ月が限度であつたところ、全林野労働組合九州地方本部多良木営林署分会(以下「分会」という。)は、署当局に対し、基本的には新規採用者によつて後任を補充すべきことを要求し、集材機運転手を臨時雇用することに反対した。そこで署当局は、他の営林署からの配転又は当該班の常用作業員による交替運転手の養成を努力するとの方針を分会に説明し、当面牧良一班の作業主任者であつた椎葉靖(作業主任者として原告の前任者に当る)を生産手と兼任で集材機の運転に従事させることとした。

(二)  しかし昭和五一年二月には交替運転手の養成が実現不可能となり、また三月には熊本営林局に対して行つてきた他署からの配転要請も実現しないことが判明した。そして椎葉靖を昭和五一年六月一日以降も集材機の運転に従事させることは、同人が定員繰り入れの対象となつて前記閣議決定及び林野庁長官通達の趣旨に反することになり、それができないので、署当局は、臨時の集材機運転手を雇用せざるをえないとして、五月中、分会との間で、この問題について、トップ会談、三役交渉、団体交渉等を重ね、理解を求めようとしたが、分会はあくまで新規採用による補充を主張し、交渉は結局決裂した形で終わつた。

(三)  署当局は昭和五一年六月一日付で永田屯を集材機運転手に臨時雇用したが、同人は昭和三八年ころから民間で集材機の運転経験があり、昭和四九年に林業労働災害防止協会から集材機運転免許証を取得し、昭和五一年には熊本営林局から機械等使用職員としての認定も受け、国有林野製品事業の請負事業での集材機運転経験もあつた。

(四)  永田を臨時雇用するにあたり、署当局は、現場の作業員に対して、六月一日から四日まで永田の運転経験等についての説明を行うことに努め、また永田を国有林での集材機の運転に慣れさせるため、事業課長や事業所主任らが永田に施設等の状況説明をしたほか、六月一日から七日まで約四〇時間にわたつて、から荷を吊つたならし運転をさせるなどし、集材作業基準や集材作業要領等について安全教育も行つた。

(五)  そうした中で、原告は、昭和五一年六月二日、集材機運転手が見ず知らずの臨時雇用者では安全を保てないとして、作業主任者の任務を解任されたく辞令書を返上する旨の理由書を付して、作業主任者の辞令書を返上する行動に出た。すなわち原告の依頼を受けた分会執行委員長東紘一は多良木営林署長の机の上に選任の辞令書を置き去つた。しかし署当局は、原告が右のような行動に出た後も、原告の作業主任者を解任されたい旨の申出に何ら正当な理由がないとして、解任の辞令を発しなかつた。

(六)  なお本件当時、作業主任者の選任は「林業架線作業主任者を命ずる」旨の辞令書を交付することによつてなされ、解任は「林業架線作業主任者を免ずる」旨の辞令書を交付することによつてなされていたものである。

以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで林業における機械集材作業を行う場合には、事業者は、労働安全衛生法一四条、同施行令六条三号、同規則一六、五一三条の定めにより、作業主任者免許を有する者のうちから作業主任者を選任し、同規則五一四条に定める職務を行わせなければならないとされているところ、国有林野事業における常用作業員の勤務関係も基本的には公法的規律に服する公法上の関係であるといわざるをえないから、多良木営林署長が昭和五一年四月一六日付で原告を作業主任者に選任した行為(以下「選任命令」という。)は、営林署長が右の各法令による職務権限に基づいて行つたものとして、国家公務員法九八条一項の職務命令にほかならない。そして営林署長が前記のとおり適法に発した職務命令である選任命令は、解除もしくは取り消されない限り、本件に即して言えば解任の辞令が出されない限り、原則として有効に存続していたといわざるをえない。したがつて右に認定したような原告の辞令書返上行為はそれを作業主任者辞任の申出(その法的性質は職務命令の解除もしくは取消を求める行為である。)と解しうるにしても、職務命令を受けた公務員のそのような一方的申出によつて当然に職務命令の効力が失われるということはない。まして原告主張のような解除条件付辞任というような不確定な辞任の申出は、公務員の身分の変動、勤務内容等が、原則として、法令または任命権者の監督権に基づいて画一的・一方的に定められるべき性質のものであることからして、それ自体許されない行為であるといわなければならない(なお、前記認定事実によれば、原告の辞令書返上行為からは、作業主任者辞任の意思表示が原告主張のような解除条件にかかるものであるとの趣旨は看取できない)。原告は、暫定覚書三項の趣旨や従前の労使慣行からすると、作業主任者の選任行為は一種の労働契約締結行為と評価できるとともに、右条項の趣旨は選任後においても適用される性質のものであるから、署当局が本人の意向について誠意をもつて対処せず、組合との意思疎通を欠いた状況で、協約に規定された前提条件がなくなつた場合には、選任の効力が持続するうえでの事情変更があつたものとして、辞任の意思表示は作業主任者の地位に関する労働契約の解除の性質を有し、直ちに効力を生ずると主張するけれども、選任命令及び辞任の申出の法的性質は右に述べたとおりであり、また暫定覚書三項は、その文言からも、また文書自体の表題からも、作業主任者を選任する場合に関する規定であることが明らかであり、さらに実質的にも、原告の右辞令返上の契機となつた永田の臨時雇用について、その前後、署当局が、安全確保のための配慮をなし原告らの了解を得ようと努め、組合との意思疎通をはかろうとしたことは右に認定したとおりであるから、右主張は理由がない。

もつとも職務命令に重大かつ明白な瑕疵が存しこれが無効であるような場合には、職務命令は拘束力を有しないことになり、受命公務員はこれに服することを要しないと解すべきところ、受命公務員が正当な理由に基づいて職務命令の解除を申し出ているのに、発令者があえて職務命令を維持し、それが裁量権の範囲を逸脱していると評価しうるような場合には、発令者の職務命令を維持する行為が無効であるという意味において、当初の職務命令は効力を有しなくなつたと解する余地もありうるというべきである。そこでこのような観点から本件をみると、前記(五)の認定事実によれば、原告が作業主任者の任務を解任されたいとの申出をして職務命令の解除を求めたのに対し、営林署長は申出に理由がないとして解任手続をとらず、結果として職務命令を維持したものということができるので、まず原告の申出に正当な理由があつたかどうかについて立ち入つて検討することにする。

<証拠略>によれば、原告が作業主任者の任務を解任されたい旨の申出をした理由は、見ず知らずの臨時運転手では作業の安全を保てないということにあるが、それ以上に、永田の運転技術に欠陥があつて作業の安全に支障があるというような具体的な指摘があつたわけではなく、ただ臨時雇用であるが故に反対するということに帰し、原告には、永田との協調をはかつて作業主任者の職責を全うしようとする態度が初めからみられなかつたこと、昭和五一年六月八日、一一日、一六日、二一日及び二九日には、事業所主任松田武徳が作業主任者をして、永田の運転で、順調に機械集材作業が行われ、現場の作業員からの苦情もなかつたことが認められる。そして前記(三)、(四)の認定事実によれば、永田は集材機の運転経験が相当あり、各種の資格を有していたのであつて、署当局も施設等の状況説明、練習運転、安全教育等を行つて作業上の安全に配慮していたことが明らかであるから、永田の臨時雇用について安全上危ぐを抱かせるような客観的事情を見い出すことはできない。機械集材作業は厳しい自然状況下で行われるきわめて危険な作業であり、それだからこそ安全面で万全の配慮がなされるべきことはもちろんであるが、既に認定したような事情のもとで、原告の主観的判断によつて安全上不安があるからといつて、それだけで作業主任者の職務の解任を求める正当の理由とはなし難い。なお原告が主張する労働災害の多発、集材機の設置変更届の未了、振動病の発生等の事情は、辞任の申出を正当化する直接の根拠となるものではなく、また既に認定した事情に照らせば、署当局が原告の意向を無視して自らの方針を強行し、これにより安全配慮義務に違反した状態を作出したということもできないから、その旨の原告の主張も理由がない。

したがつて原告の辞任の申出は何ら合理性がなく正当な理由を欠くから、営林署長が選任命令を維持したことに裁量権を逸脱した違法があるとは言えず、選任命令は、原告の辞令書返上後も有効であつたといわざるをえない。

原告の辞令書返上行為が社会的正当行為に当るとの原告の主張が理由がないことは既に述べたところにより明らかである。

以上のとおりであるから、原告は本件当時も作業主任者の地位にあつたものである。

2  次に原告は本件業務命令が違法無効であると主張するので、これについて判断する。

<証拠略>によれば、原告が辞令書を返上した後の経過及び本件業務命令が出された際の状況等について以下の事実を認めることができる。

(一)  原告から辞令書が返上された後、署当局は、牧良一班の作業現場に管理者を赴かせ、原告が作業主任者の職務に従事するように説得を続けたが、原告は容易に応じなかつた。

(二)  ところで、牧良一班の作業主任者としては原告を含む三名の者が選任されていたが、このうち生産係長の黒岩文夫は牧良事業所と仁原事業所とを兼ねた署全体の作業主任者であり、事業所主任の松田武徳は牧良一班から三班までの作業主任者であつた。そして黒岩は生産係長としての職務が忙しく、もともと作業主任者の職務に従事するということは予定されておらず、事業所主任の松田も三班を受け持つているため他班の安全パトロール等があり、原告が先山に行くとか年休をとるなど支障があるような場合にその代替要員として作業主任者の職務を行うのが限度で、恒常的に牧良一班において作業主任者の職務に従事することはできない状況にあつた。

(三)  また製品事業所における作業の人員配置については二週間単位の予定表が組まれることになつており、六月八日及び一一日に事業所主任の松田武徳が牧良一班の作業主任者の職務に従事して機械集材作業が行われたのも、原告が伐倒作業に行くなどして作業主任者の職務に従事しない人員配置が予定表に組まれていたからにほかならない。

(四)  昭和五一年六月一五日午前八時二九分から正午まで、同月一八日午前八時二八分から午後五時まで、同月二三日午前八時四〇分から正午までの間については、原告を作業主任者として機械集材作業が予定されていたが、原告は作業主任者の辞令を返上していることを主張して作業主任者の職務に従事せず、そのため三日間とも予定された機械集材作業が行われなかつた。

すなわち、昭和五一年六月一五日については、営林署長の命を受けた事業課長梅木登茂二らが、現場に赴いて、作業者全員に対し、機械集材作業に従事するように作業指示を行ない、さらに全員に対して作業に従事するように業務命令を発した後、原告に対し営林署長の「作業主任者の業務に従事することを命ずる」旨の業務命令を伝達し、その際指示された以外の作業に従事しても賃金を支払わない旨を伝えたが、原告は、作業主任者の辞令は返上しているから作業主任者の職務には従事できないとして、業務命令に従うことを拒否した。そのため他の作業員が一応配置についたものの、機械集材作業は結局行われなかつた。また同月一八日も、梅木事業課長は一五日と同じように業務命令を伝達し、人員配置をした後、ハイフオンを使用して先山の合図を永井深吾が行うように指示し、また土場のほうの合図は原告がするように指示したうえ、永井の了解を得て集材機を作動させたが、土場にいた作業員の椎葉靖が、作業主任者がいないのにどうして機械を動かすかと言い出したため、結局集材機の運転は中止された。六月二三日も梅木事業課長が原告に業務命令を伝達したが、原告はこれを拒否し、集材作業は行なわれなかつた。

以上の事実を認めることができ、<証拠略>中右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで昭和五一年六月一五日、一八日及び二三日に原告に対して伝達された本件業務命令は、これを実質的にみると、適法な職務命令である前記選任命令を確認維持し、当日の作業主任者の職務に従事することを具体的に命ずるものということができ、これも国家公務員法九八条一項の職務命令の性質を有すると解される。したがつて本件業務命令についても、無効原因となるような重大かつ明白な瑕疵が存しない限り、原告はこれに拘束されるものである。以下原告の主張に即して検討することにする。

まず、原告は、本件当時作業主任者の地位になかつたから、本件業務命令は実質的には原告を新たに作業主任者に選任する行為であると解すべきであつて、暫定覚書三項の趣旨が適用されるべき場合であるのに、一方的に作業主任者の職務を強制したから協約違反であると主張するが、原告が本件当時も作業主任者の地位にあつたことは既に詳述したとおりであるから、右主張は前提を欠き理由がない。

次に原告は、署当局としては、本件各当日までに、他の有資格者等を作業主任者に選任できたのに、あえて選任せず、放置したのであるから、本件業務命令は権限濫用であると主張する。しかし暫定覚書についての労使意思疎通点(<証拠略>)二項によれば、専属の作業主任者は当該班の班員、副班長、班長から選任すべき趣旨が明らかであつて、たとえ有資格者であるとはいえ、事業課長や事業所主任を一作業班の専属の作業主任者として選任することは全く予定されていない。そして実際に原告は牧良一班専属の作業主任者として選任され、本件当時もその地位にあつたこと既述のとおりであるから、第一次的には原告が作業主任者の職務に従事すべき立場にあつたのである。なお事業課長は営林署事業課に所属する生産、販売、土木の三係と仁原・牧良の両製品事業所それに湯前貯木場のそれぞれの事務を統轄する職務を行つており、とても牧良一班の作業主任者に従事する立場にはなく、本件当時作業主任者としての選任もなかつたことは証人梅木登茂二の証言によつて明らかであり、また生産係長の黒岩や事業所主任の松田が恒常的に牧良一班の作業主任者の職務に従事することはできない状況にあつたことも前記(二)に認定したとおりである。したがつて右主張は理由がない。

また原告は、本件当日、梅木事業課長は、現場作業員に作業の方法及び作業の配置を決定、指示し、ことに六月一八日には「自分が作業主任者をします」と明言して自ら作業主任者の職務を行つたから、重ねて作業主任者を選任する必要、すなわち本件業務命令を発する必要はなかつた旨主張する。なるほど前記(四)の認定事実によれば、本件各当日、梅木事業課長は、作業指示や人員配置を行つていることが明らかであるが同人の証言によれば、これは、原告を作業主任者として集材作業が円滑に進むように配慮して行つたもので、自ら作業主任者としてその日の作業に従事する趣旨では毛頭なかつたと認められる。また証人永井深吾、原告本人の各供述中には、梅木事業課長が、六月一八日「自分が作業主任者をする」と述べた旨の供述部分があるが、同人はその証言の中でこの点を明確に否定しているし、そのようなことを言つたとすれば、原告に対して作業主任者の職務を行わせるため現場に赴いている梅木事業課長の行動全体と矛盾することになる。そして現場の作業員である椎葉靖が「作業主任者がいないのにどうして機械を動かすのか」と発言しているのは、牧良一班の作業員らが梅木事業課長を作業主任者として認めていなかつたことを物語つている。したがつて証人永井及び原告本人の右供述部分はたやすく信用しがたいところである。梅木事業課長が行つた作業指示等は作業主任者の職務のごく一部であり、その一事によつて、牧良一班の作業主任者である原告が当該職務の遂行を免れることにはならない。したがつて右主張も理由がない。

さらに、原告は、本件の場合既に解除条件付辞任の意思表示をした原告に対し一方的に作業主任者の業務命令を強制することは、適法な職務命令の範囲を逸脱し違法であると主張するが、本件においては、原告の解除条件付辞任の意思表示自体失当とみるべきこと前記説示のとおりであるから、右主張は理由がない。

また、原告は、本件のような危険かつチームワークがことに必要な職務において本件業務命令を強要することは労働安全の最低基準を遵守し現場労働者の安全を配慮しなければならない当局の安全配慮義務違反であると主張するが、本件においては、前記認定のとおり永田屯を集材機運転手として就労させるについては安全確保の面から十分な配慮がなされ、同人の行つていた運転行為自体も適切なものであつたと認められるから、署当局に安全配慮義務に違反する点があつたとみることはできない。

その他前記に認定した経過からは、本件業務命令に違法又は無効原因となるような瑕疵を見い出すことはできない。

以上のとおりであるから本件業務命令は適法、有効であり、無効原因となるような瑕疵は何ら存しない。

3  前記1、2で認定した事実によれば、原告は、多良木営林署長から、昭和五一年四月一六日付で作業主任者に選任され、以来その地位にあつたのに、昭和五一年六月二日に作業主任者の辞令を返上したと称して、その後作業主任者の職務を行わず、署当局の説得にも応じなかつたため、昭和五一年六月一五日、一八日及び二三日に、多良木営林署長から、「作業主任者の業務に従事することを命ずる」旨の適法な業務命令が発出、伝達されたが、それにもかかわらず、六月一五日午前八時二九分から正午まで、一八日午前八時二八分から午後五時まで、二三日午前八時四〇分から正午まで作業主任者の職務に従事せず、結局右の三日間、予定されていた機械集材作業が全く行われなかつたのである。

ところで原告の本訴請求は、原告は、右時間帯において、作業主任者の職務は行わなかつたが、土場の掃除、盤台上での枝打ち、玉切り、積み込み作業など生産手としての職務を行つたから、本件業務命令の有効、無効にかかわらず、生産手としての賃金が支払われるべきであつて、これを請求するということにある。

しかし国家公務員法九八条一項の規定によれば、職員は、職務を遂行するについて上司の職務上の命令に忠実に従わなければならず、その賃金は、法令に従い、かつ、上司の明示又は黙示の指揮命令に従つて職務に従事したときに初めて発生すると解すべきものであるから、職務命令に反し指示された以外の作業に従事したとしても、それは職務の遂行としての労務の提供とは言えず、自己の職務を尽くしたことにならないので、賃金請求権は発生しないというべきである。すなわち原告が本件業務命令に反して土場の掃除、盤台上での枝打ち等を行つていたとしても、それでは原告の賃金請求権は発生しないのである。

なお、原告は、作業主任者の職務と生産手の職務は明確に区分されており、作業主任者の職務に従事しなかつたからといつて、生産手の職務にも従事しなかつたことになるわけではないと主張する。確かに作業主任者の職務内容と生産手のそれとは明確な相違があるが、機械集材作業の実際において併任の作業主任者は、作業主任者の職務に従事しつつ、その余裕をみながら、生産手の職務(ただし行いうる職務内容は「暫定覚書についての労使意思疎通点」によつて限定されている。)をも行うものであり、併任の作業主任者が日々の機械集材作業において行う生産手としての職務が内容的に量的に一定しているわけでもない。併任の作業主任者が機械集材作業において行う労務の提供は、作業主任者としての職務と生産手としての職務とを同時に行う不可分的給付とみるべきものであり、原告はそれをしなかつたのである。法令上、機械集材作業は作業主任者の指揮命令がなければこれを行うことができないことになつており、現に本件当日は原告が作業主任者の職務に従事しなかつたために班全体が機械集材作業を行えなかつたのである。機械集材作業が予定された日に、作業主任者である原告が、生産手が行うような労務の提供だけを行つたとしても、それは意味のないことである。したがつて原告の右主張は理由がなく生産手としての賃金請求権も発生しない。

次に原告は賃金の支払われていない当該時間帯における原告の就労状態とその前後の賃金が支払われた時間帯における原告の就労状態とで実質的差異がないのに、賃金支払の有無を区別したことは合理性がないと主張するが、<証拠略>によれば、六月一五日午前八時から同二九分までは作業準備、午後一時から同五時までは公務災害治療、六月一八日午前八時から同二八分までは作業準備、六月二三日午前八時から同四〇分までは作業準備、正午から午後五時までは機材整理作業にそれぞれあてられていたことが認められ、それらの時間帯については集材作業そのものを行うべき状態になかつたのであるから、機械集材作業の予定されていた当該時間帯と同視することはできず、右主張は理由がない。

原告は、署当局が生産手としての原告の作業を排斥し、またその就労を否認することはできないと主張するが、機械集材作業においては、原告が作業主任者の職務に従事することが不可欠であり、それだからこそ署当局も本件業務命令を発出したのであつて、原告が業務命令に反したためにその賃金が支払われないからと言つて、それが原告の作業を排斥し、その就労を拒否したことになるわけではなく、権限濫用であるなどとはとうてい言えない。

また原告は、原告が指示外作業に従事したというなら、他の作業員も指示外作業に従事したことになる、他の作業員に対して賃金が支払われているのに原告のみが賃金を支払われないのは、実質的平等の原則に反すると主張する。しかし他の作業員は業務命令に従つて機械集材作業のための作業配置についたが、原告が作業主任者として指示を行わなかつたのでそのまま待機の状態で終わつたのであり、作業主任者でありながらその職務に従事しなかつた原告とは全く事情を異にする。したがつて右主張も理由がない。

最後に、生産手の格付賃金と一〇%の加算額とはその性質を異にし、右加算額は手当たる性質をもつとの原告の主張について付言する(もつとも原告が、機械集材作業の予定されているときに、作業主任者の職務を行わないで生産手と同様の作業のみを行つたとしても、それは職務の遂行としての労務の提供とは言えず、これに対応する賃金の発生しないことは既に述べたとおりであつて、このことは一〇%の加算額の性質如何にかかわりのないことである。すなわちこのような場合は、原告が何らの作業を行わなかつたのと同様に評価され、一〇%の加算額の性質如何にかかわりなく、原告の賃金請求権は発生しない。)。被告の主張4の(二)及び(三)(ただし「原告が併任の作業主任者の職務に従事した場合の一日の賃金(格付賃金とみなされる)は、生産手の格付賃金に一〇%を加算した六〇六三円である。」との点につき、その趣旨を除く。)の事実は当事者間に争いがないところ、林野庁長官通達「安全指導員の設定等に関する覚書の締結について」(<証拠略>)の記の一において「兼任で作業主任者の職務に従事した日(時間)の賃金は覚書3項(1)の額を格付賃金とみなす」旨の規定があり、また「安全指導員の設定等に関する覚書」(<証拠略>)において、兼任で作業主任者の職務に従事する割合が多い者は、年次有給休暇・特別休暇等で休んだ日の賃金及び期末手当についても、一〇%を加算した額が基礎となつて賃金を支払う趣旨が定められている。一〇%の加算額が原告のいうような「手当」の性質のものであれば、当然、併任の作業主任者の職務に従事した日、又は時間のみに右加算額が支払われるはずであるが、休務した日にも支払われるということは、それが「手当」の性質のものではないということであり、生産手の格付賃金と一〇%の加算額が併任の作業主任者の格付賃金であるというべきである。右合算額は基準内賃金を構成するものであり、賃金協約(<証拠略>)第三章にいうところの諸手当等の基準外賃金は右合算額を基礎に算定されることが明らかである。

原告の本訴請求は生産手としての賃金の支払を求めるものであるが、生産手としての賃金も労働の対価として支給されるものであつて、公務員である原告が自己の職務を尽くしたときにはじめて支給されるものであるから、原告が指示外作業として生産手と同様の作業を行つたとしても、生産手としての賃金請求権は発生しないのである。

四  よつて原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 弘重一明 江口寛志 松本芳希)

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